仕事がある場所に人が集まる。
その大原則にしたがって、日本のあらゆる”田舎”から、東京を中心とする都市部へ若者が吸い寄せられてきたのだと思います。
しかし、近年急速に通信インフラが整備されてきていることで、必ずしも都市に居住する必要のないワークスタイルも広がっています。
日本の田舎の可能性をテーマに、岡山県美作市の複合リノベーション施設『難波邸』で行われたトークセッションに参加してきました。
日本の田舎×アート/デザインの可能性
「田舎にはそれぞれ個性があるが、ニューヨークや東京など都会に流れるエナジーはまったく同質」。
世界中を旅しながら制作活動を行うダグラス・ディアスさんは、そう言い切りました。
ダグラスさんは、ニューヨーク生まれのアメリカ人。perfumeのPVや『nike music shoe』プロジェクトなどで知られるクリエイター集団『Rhizomatiks』のクリエイティブ・ディレクターも務める広告業界の重鎮です。
そんな彼が、今は奈良県の東吉野村に拠点を構え、自分の内面を見つめ表現するコンセプチュアルなアート作品制作に取り組んでいます。
「広告の仕事は、経済的な基盤をつくるために欠かせない。けれど、そこに自分自身のエモーションは無いことに気付いたんだ」
(わたしの意訳ですので、正確さに欠けるかもしれませんがご容赦ください)
自分の内面と向き合うにふさわしい場所を求めて田舎を巡る中で、ダグラスさんは「そよ風のようなエナジーがあり、エレガントな」東吉野の地を選び、一年以上そこで暮らしています。
田舎暮らし相談窓口にもなるシェアオフィス
同じく、奈良県東吉野村で暮らすクリエイターがいます。古民家を活用したシェアオフィス「OFFICE CAMP HIGASHIYOSHINO」を運営する坂本大祐さんです。
本職はデザイナー。都市部で働いていた時に身体を壊したのを機に、山村留学で中学生の頃に暮らした奈良県 東吉野村へ移住して、村の一員として暮らしながら、商品や店舗のデザイン、企画などを手がけています。
OFFICE CAMPは行政と一丸となった地域再生の取り組みとしてメディアでも取り上げられ、ここをめあてに遠方から東吉野を訪れる人も増えているそうです。また、実質的に、気軽に移住や田舎暮らしの相談が出来る窓口にもなっているそうです。
「都会にあるものは、すべて人の手で作られたもの。でも、田舎には人の手が入っていないものがたくさんある」。
逆転の発想で、「田舎」になればなるほど、クリエイターにとっては、自然に触れることで感性が研ぎ澄まされる恵まれた環境といえるかもしれません。
ただ一方、アクセスの不便からどうしても営業において不利な面もあります。しかしその点、坂本さんはいたってポジティブです。
「仕事の量は正直減りました。でも、わざわざ遠くまで仕事を依頼しに来てくださるような、やりがいのある仕事を中心に取り組めるようになったのは大きい」
10年近く東吉野で過ごす中で、デザインの志向も普遍的なものに変化してきているそうです。
田舎に人があふれる!?
難波邸をはじめさまざまな地域ブランディングを手掛けている鈴木 宏平さんは、仙台市出身のデザイナー。2児の父親です。東日本大震災を機に、東京から人口約1,500人の岡山県西粟倉村に家族で移住されました。
ダグラスさんから鈴木さんに託された質問のひとつが、「田舎に人がどんどん流入してきて、都会みたいになったらどうするか」。
たしかに、岡山県は東京に移住相談窓口を設置するなど移住促進に積極的なこともあり、田舎暮らし希望者の熱い視線を集めている地域です。
鈴木さんの回答はいたってクールで、「田舎にどっと人が押し寄せることはないと思う。田舎へ移り住む人は今後も少数派だと思う」というものでした。
最先端の情報があふれ”合理的”な都会に若い人が移っていく大きな流れの中で、田舎に居住して働くライフスタイルを選ぶ人も一定数存在するという予想です。
水が高いところから低いところへ流れ、逆流は起こらないのと同じで、都会への人と情報の集中が止まることはないとわたしも思います。
ただ、これまでの地方→都会の一方通行から、双方向の行き来へと変化しつつあるのは間違いありません。
国をあげた地域創生プロジェクトもはじまり、日本の”田舎”は大きな転換点を迎えています。
そこにどんな未来が待っているのか、自分自身の目で確かめたいと思います。
今日の一句
梅雨ひとり心の奥に漂ひぬ
つゆひとり こころのおくに ただよひぬ
季語:梅雨(夏)
座禅を組み、自分の中を見つめて浮かび上がったイメージから作品を紡いでいくというダグラス氏。
遠く東吉野の地にも、しずかに梅雨がおとずれていることでしょう。