冬晴や半世紀経し人力車


約半世紀のあいだ、納屋で眠っていた人力車が日の目を見ることとなりました。


”かじやの”の人力車

ここがかつて”かじやの”という不思議な屋号で呼ばれていたころ。

一説によれば、 「かじやの」に一時的に暮らして長谷村のお医者さんの移動手段がなかったため、 手配したものだそうです。(諸説あり)

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幅1m、奥行き2m、高さ2m(およその採寸)

いわゆるミッチーフィーバーで日本中が湧きかえった今上天皇ご成婚の年には、 長谷小学校の運動会で仮装行列の乗り物として使われ、 村でもよく知られた存在だったようです。

三木家の家紋
座席横に三木家の家紋が入っています。

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寄贈するまでの経緯

2014年2月にここで暮らすことになって以来、かつて物置として使われていた納屋の中のことは常に気に掛かっていました。

特に人力車の存在感はことのほか大きく、『谷間の家さんきら』での活用も検討しましたが、なかなか良い方法が見つかりませんでした。

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義母ともたびたび相談した上で、

「このまま眠らせておくよりは、どこかに寄贈して、広く町民や来訪者の方の目に触れるほうがこの人力車にとっても幸せなはず」

という結論に至りました。


できれば、ゆかりある神河町内の公共施設や学校で展示してもらえたらと思い、ダメもとで山名町長にご相談。

すると、ほどなくして

「神河町の歴史・文化資料として活用させていただきたいと思います」

というありがたいお返事がありました。

後日ご担当者より連絡があり、少し手入れをしたうえで、中村地区の『銀の馬車道交流館』で常設展示されるはこびとなりました。

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旅立ち。
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万一壊れてしまうことが無いようにと、丁寧に包んでくださいました。

見送るときにはふと寂しさがこみ上げてきましたが、大切に運び出されたのをみて、気持ちが少し軽くなりました。

きれいになった人力車と再会できるのを心待ちにしています。


今日の一句

冬晴や 半世紀経し 人力車

ふゆばれや はんせいきへし じんりきしゃ

季語:冬晴(冬)

すっきりと晴れた冬空の下。

数人がかりで納屋から運び出された人力車が、また呼吸をはじめました。


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