突風に揃いて立つや冬木立


この地で暮らして3年。

「半人前」までもう一歩、です。


3年目の節目に

「地方創生」が謳われる時代。

地方移住のパターンはいくつかに分かれます。

ふるさとに帰るのが、Uターン

ふるさとよりもさらに田舎へ移住するのが、Jターン(「J」が左右非対称)

地縁のない土地に飛び込むのが、Iターン

わたしたちの場合は、妻のおばあちゃんの家への移住。

これは「孫ターン」と言うそうです。

「よう帰ってきてくれた」

「お家も喜んでるわ~」

歓迎と応援の言葉をいただけているのは、妻の血縁も少なからず影響していると思います。


新入社員時代、

「3の節目で評価が決まる」

と何かの本で読み、のちに納得した経験があります。

配属1日目は、お客さん。

そこから3日経ち、3週間経ち、3ヶ月、3年・・・

だんだんと「戦力」として評価が下されるようになります。


新興住宅街で生まれ育ったわたしの場合、田舎暮らしの世界においてはまさに「未経験者」

まともに鍬を握ったこともなければ、水路の仕組みや山林の成り立ちといった知識もありません。

おまけに人生経験もほんの30年分ほど。

村にとっての「お客さん」の時期を過ぎて約3年。自分の評価はいかに・・・

と考えるきっかけとなるできごとがありました。


農業の担い手と後継者

国から農家に割り当てられる補助金がいくつかあります。

受給する集落は「人・農地プラン」という中長期的な運営計画を作成しなければなりません。

期限内の作成に向けた話し合いが各集落でもたれており、わが大川原集落でも先週実施されました。

テーマは

「5年後10年後、農地をどうやって存続させるか」。

そう簡単に答えが出る問いではありません。


当集落に限ったことではありませんが、大川原集落において担い手・後継者の不足は深刻な問題。

地域で暮らす人や子孫の手によって継いでいければそれに越したことはありませんが、現実的に後継者がいない場合は、みどり公社が管轄する「農地中間管理機構」へ農地を収めるという手段もあります。
”農地の有効利用や農業経営の効率化を進める担い手へ農地の集積・集約化を進めるために、県に一つ設置された農地の中間的受け皿となる組織です。”(兵庫みどり公社HP「 農地中間管理機構とは」より引用)

 

幅広い選択肢を踏まえ、現実的な対策が協議されました。

途中、プレゼンターである地域振興課の担当者から参加者へ質問を投げかけました。

 

「農業をされてる若い人は居ないんですか」

長谷の他集落では若手が10人近く集まったところもあると聞きますが、そもそも大川原の寄合に出ている中で一般に若手と言えるのはわたしのみ。(ちなみに次は62歳)

必然的に、わたしの名前が挙がることになります。

じつは昨年あたりから、田んぼの水路を扱う際のルールやマナーについて複数の方からおしかりを受けてきています。

区長からも「山口君はまだまだ指導せなあかん」

というお言葉――

 

まさに穴があったら入りたい気分でしたが、少しの沈黙を経て口を開いたのは区長。

「山口君、何歳やったかな?」

とわたしに声を掛けてくださったのち

「彼はここに移って来て3年ほどであって、村の色々なことについてまだまだ理解していないため、中心的な役割を担うことは難しい。」

という旨の回答をされました。

厳しい言葉に聞こえるかもしれませんが、区長の思いやりも感じてわたしはじんときました。

「けっして及第点ではないものの、地域における戦力のひとつとしては数えている」のだと感じたからです。

いつまでも「ヒヨッコ」と甘えていてはいけませんが、地域の先輩方に感謝しながら少しずつ勉強していけたらと思う3年目の節目です。


今日の一句

突風に 揃いて立つや 冬木立

とっぷうに そろいてたつや ふゆこだち
季語:冬木立(冬)

ときおり吹き付ける強い風。

いっせいに木々が揺れたのち、また凛とした山の姿が戻ります。


兵庫県姫路市生まれ。早稲田大学大学院 教育学研究科 修了。専門は江戸の初期俳諧。 総合広告会社(博報堂DYホールディングス)を経て、2014年兵庫県神河町に移住。2015年起業。2020年より株式会社OFFICE KAJIYANO 代表取締役 俳句結社「姫路青門」所属

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