暮らしの変化と俳句 #1 終わりとはじまり


すっかり更新が滞っており申し訳ございません。長期的スパン、短期的スパン双方で暮らしと心境の変化があり、ブログをどのような形で続けるべきか思案していて月日が経ってしまいました。自分自身の整理のためにも少しずつ書き起こしてみようと思います。

まずは、ぼくにとってもっとも大きなできごと。

(個人のFacebookにて報告した際の文章を加筆修正しています)

「二人の暮らし」の終わり。新たな暮らしのはじまり。

9月16日、長男が誕生しました。3186g。母子とも健康。名前は、「山口 惠大」(けいた)。画数とにらめっこしながら、「恵み」「恵まれ」「大きく」「大いに」という二文字にて命名しました。

結婚7年目。望んでもなかなか授からず、「また来年」と気持ちを切り替えていた年の暮れ。消防団の夜警から帰ると、珍しくまだ起きている妻から懐妊の報告。二人で飛び上がったあの日から、指折りカウントダウンをしてきました。

こどもを望む夫婦にとって、悪気がないのはわかっていても周囲からの「早く」「そろそろ」という言葉は鋭い刃物。特に妻は、長年深く傷ついてきました。(かたや、世界でいちばん望んでいるはずの両親が一言もそこに触れないでいてくれたのが沁みた)今後もしそんな夫婦と出会ったら、ただ見守ってあげてほしいです。


高1の時に、新バンドのギタリストとして他校生の奈央にスカウト?されてから数えれば20年。姫路、東京でのバンド活動とケンカ別れ。時を経て、ドロップアウトするように会社を辞めた僕に「今の貴士くんのほうがいい」と手を差し伸べてくれたあの春。結婚当初、貧乏して苦労を掛けたけど逃げ出さないでいてくれた日々。以来、「四六時中」という表現が大袈裟ではないくらい、長く濃密な時間を共にしてきた戦友です。

「何日も離れて暮らすなんて、海外に行くみたいな気持ちや」

出産に向けた里帰りの道中、妻がポロリとこぼした言葉に少し涙が出ました。そんな、「二人の生活」の終わり。新しい生活のはじまり。不安と戦いながら出産を乗り越えてくれた妻と、懸命に産まれてきた息子。日に日に、リスペクトと感謝の気持ちが強くなるばかりです。

子の誕生は、想像していた以上に自分の心境や行動にも変化を与えています。

続きはまた追って。


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