かろやかに、自由に。
※書き下ろし
iPhone3からのiPhoneユーザーです。
スティーブ・ジョブズ亡きあとにiPhone4Sが発売された際、当時Twitterで流れてきた「4S=for Steve」説に涙し、今もパソコンとスマホはAppleツールで統一する生粋の”アップル信者”。
iPhoneに限らずスマートフォンは、今や個人情報の認証機器でもあり、生活と仕事に欠かせないアイテムになっています。
仕事のやる気が出ないときなどはついつい開いてしまい、連絡のチェック、ニュース記事や動画視聴、、、「情報収集」といえば聞こえはいいけど、果たしてそこまで能動的な行動なのか。
「情報が更新されているかもしれない」と思ってスマホを開いたり画面をリロードする行動は「スロットマシン効果」とも呼ばれているそうです。
ただ、実務での通話は激減。
LINEやメールも結局はパソコンで確認しています。
「あれ?自分の場合、ずっと持ち歩かなくてもいいんじゃない?」
そう気づいてから、スマートフォンと少しずつ距離を置けるようになりました。
長時間パソコンを使ったりスマホの液晶に触れたりすると、少しピリッとしたかゆみのようなものを感じるのですが、共感していただける方いますか?
思考と表現の軌跡① 「スマホ」?「スマートフォン」?
愛おしくもあるけど、自分の思考を縛り、集中力と時間を削ぎ取るスマホとの距離感がテーマ。
俳句において「スマホ」という表記を許容する先生もおられるかもしれませんが、私のまわりではまだまだ「一般名詞」の域を出ず、「詩歌の言語」として定着していない感覚があります。
「スマートフォン」。
字数、音数は食うけど、「スマートな(賢く多機能な)フォン(電話)」というデバイスの原点や本質をよく示しているようにも感じられました。
そして、その塊から離れる開放感は、手のひらにフォーカスして、夏の季語である「涼しさ」をあててみました。
思考と表現の軌跡② 「手放す」?「離れる」?
しかし、ここからが難航。
① 「スマートフォンを手放す」
② 「スマートフォンから離れ」
いくつか案がありましたが、どうにもしっくりきません。
例えば①は、古くなって下取りに出す状況に見えてしまうかもしれない。
②だとライフスタイル全体の断捨離に見えなくもない。
ううむ・・・としばらく放置した結果、出てきたのが「措く(おく)」。
学生時代好きだった近世文学研究者の論文の末尾で、「ここで筆を措く」等と使用されていたのがダンディで憧れた記憶が影響していたかもしれません。形ができました。
思考と表現の軌跡③ 「措く」?「置く」?
超結社句会で提出したところ、選は入ったのですが、主宰から「シンプルに『置く』」でも良いのでは」と助言。
ハッとしました。
難しく「措く」とするよりも、机にコトッと「置く」。そのほうが、あのガラスと金属の塊の重みがリアルに伝わり、その後にやってくる掌の「涼しさ」が際立つ。すっと腑に落ちました。
長くなるのでここでは割愛しますが、俳句は「座の文芸」とも言われ、もともと自分ひとりだけで作るものではありません。
その「座」に、AIも加わっただけとも言えるのか?顔の見えないニューカマーがこの伝統的な文芸の座を静かに揺らし続けています。
archive
スマートフォン置けば掌涼しくて
スマートフォンおけばてのひらすずしくて
季語:涼し(夏)
