住まわせてもらっている、という気持ちは依然変わらずとも。
はじめて住まいの改築に踏み切りました。
6年目の夏、住まいをリニューアル。
なんの巡り合わせか、工務店や建築関係のクライアントが増えてきています。
家づくりのプロセスを聞くたびに、「すべての家には、建てた人の想いがこもっている」ことを実感します。
一方で、家族の構成や居住形態は常に変化。
フィットするように作り替えたり、あるいは、さまざまな事情で住み続けることを諦めたり・・・
一族、あるいは個人、それぞれに無数のストーリーがあって、住まいはそれと密接に関わり続ける存在だと思います。
妻の先祖の家に暮らして6年目。
当初から、別荘的に家族が通えるようにと水周りなどはすでに義母が改修してくれていて、そのまま住める状態でした。
「衣食住」の「住」がどっしりとそこにあることは本当にありがたく、冬寒い、日が入りにくい、など気になることもはあっても「そうあるもの」。
生活の一部。
その意味で、同じ一軒家住まいといっても新築でマイホームを建てた人の気持ちとはおそらく全く異なるもの。
特に、地縁のないわたしは「住ませてもらっている」という感覚が今も根強くあります。
ただ、敷地内にあった小屋を改修してkajiyanoという場所を作ってからは、「この家でこれからも暮らす」という実感が湧いてきたのも事実。
光、風、わたしたち夫婦がこの先望むもの。
あたためてきた思いや構想を整理して、地元の工務店さんに相談。
一気に住まい改修プロジェクトがスタートしました。
町内の解体業者さんの見事な現場さばきで、重機が入りにくい悪条件にもかかわらず、わずか3日半ほどで解体は完了。
すっきりと、空が見えるようになりました。
移住当初は想像もできなかった、居間からの新しい景色。
これまで入って来なかった朝の光を、毎日体いっぱいに感じています。
今日の一句
炎帝や解体の埃の中に
えんていや かいたいのほこりのなかに
季語:炎帝(夏)
炎帝とは、夏を司る神。
歴史を刻んできた納屋の姿は消え、うっすらと土埃が舞っていました。