消防団の現在。
※書き下ろし
「消防団といえば、操法大会」
そんなイメージもあるかと思いますが、神河町では今年から町大会が廃止されました。
コロナ後の再開を挟んでの決定。団員の減少や大会ルールに合わせた練習の負担などを踏まえると、致し方ないことかなとも思います。
入団以来、選手を3回させてもらいました。
一番員2回、指揮者1回。
「気をつけ」の姿勢から乗車の動き、筒先の取り回し・・・太ももがパンパンになりながら、先輩方に連日指導いただいたことを思い出します。
大会の様式に賛否はあれど、そこで学んだ基本技術は、今も身体の一部になっている実感はあります。
奇しくも、今年は自分が長谷部の副分団長(部長のような役職)。
「町操法大会がない初めての年」にどう訓練や活動の質を高めていくか、今まさに議論されているところです。
上部大会はこれまで通り開催されます。
今年は「ポンプ自動車の部」の全国大会が開催される年であり(可搬=小型ポンプと交互に隔年で実施)、神河町を代表して強豪・粟賀南分団が出場。
本団をはじめ、正副分団長(各ブロックの幹部)が練習の応援に駆けつけました。
練習日程は、平日の20:00〜22:00頃を基本として、土日も実施。
住居のある町外から通う選手もいて、本当に頭が下がる思いでした。
当日の会場は三木市の消防学校グラウンド。
神河の粟賀南分団は、惜しくも準優勝。
優勝は網干消防団の旭陽分団でした。
大会直前に体調を崩していた選手も、まさに気合で圧巻の走りや操作を披露していて、ちょっとうるっときてしまいました。
ひとつの目標に向かって、働き盛りの大人たちが肉体を駆使しながら、気を吐き、声を張り、競い合う。こんな場は、考えてみればなかなかありません。
熱のこもった練習やレベルの高い本番の戦いを間近で見せてもらい、胸に深く刻まれるものがありました。
思考と表現の軌跡①
旅先の山奥などで、思いがけず古い消火栓を見つけることがあります。
それはすなわち、そこに「かつて人々の暮らしがあった」という証。
数軒しか住民が残っていないと言われる村を訪れた際にも、明かりがともり、水が流れ、「ここで暮らしている人がいる」ということを肌で感じたことを思い出しつつ。
「山間部にひっそりと佇む消火栓」
というメモを残しました。
思考と表現の軌跡②
「あやめ」は実景です。
古来から日本人に親しまれてきた、凛とした青い花。
インフラである消火栓の新設や撤去は、簡単ではありません。たとえその集落から住民がいなくなり、地図から名前が消えて「廃村」となっても、かつてそこに確かに存在した暮らしを記憶するように、消火栓が残る。
草生した中に鮮やかに咲く野あやめと、かつての古い地名が刻まれた、錆びついた赤い消火栓。
句姿は、自然とこう収まりました。
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野あやめや廃村の名の消火栓
のあやめや はいそんのなの しょうかせん
季語:あやめ(夏)
