麒麟棲む土にアイスクリーム落つ


日常から、首を伸ばして飛躍する。

※2023年7月24日の記事を解説版に書き換えました。

俳壇においては、自句自解=自分の句の意図や背景を自ら説明することは御法度と言われている。

一方で、妻や近しい人たち曰くは「解説があったほうが絶対とっつきやすいし興味を持つ人も増えるはず。俳句人口少ないんでしょ?」

痛いところを突かれている気がしなくもない。


掲句は、アフリカに旅行して出会ってきたわけではなく、国内、ごく身近な場所で出会ったキリンが題材になっている。

となれば、およその情景は想像されてしまうかもしれない。

舞台は、こどもと行った動物園。

しかも近場。

俳人というのはちょっとけしからん性質を持っていて
人と話していても、こどもといても、冠婚葬祭、会合のさなかでも

「あ、もしかしたらこれは句種(くだね)になるかもしれない」

と内心思いながら神妙な面持ちを取り繕っていることがよくある。

あの日曜日のぼくも、まさしくそうだった。
今この時も成長し、いずれ離れていく息子と手をつないで園内にいるのに、俳句取材パトロールよろしく、何か引っ掛かるものや心動かされるもの、おかしなもの、シュールなものがないかとぼんやりキョロキョロ。

こんなとき、だいたい妻にはバレている。

「今、俳句のこと考えとったやろ」

「俳句モードですか?」

ツッコミとも嫌味とも取れる牽制球が、定期的に投げ込まれる。

迷惑なのはお互いさまだと思うけど、急に現実に引き戻すのはやめてほしい。


思考と表現の軌跡①

目の前にキリンが寝そべっていた。近くに、だれかが落としたのであろう紫色のアイスが溶けていた。

こどもといっしょにいるし、頭に文字として浮かぶのは「きりん」。

あるいは「キリン」。

漢字で表記すると、中国古来の想像上の動物である「麒麟」が立ち現れる。

(よく見るとたてがみに「キ」「リ」「ン」が隠れている、キリンラガービールのアレ)

三才図会に描かれた麒麟(明代

Wikipedia

その異形の生き物が、ただそこにいたというよりは、暮らしている。

住んでいる、、、

住むというよりは、「棲む」か?

「棲む」だと野生味も出る。

そんなプロセスを経て、上五が落ち着いた。


少なくとも僕たち親子が観察しているあいだ、キリンはアイスに口をつけなかった。

何かが起こるのではないかと期待したぼくは、がっかりしてその場を去った。日差しも強い日。脳裏には、時間とともにドロリと溶けてスライムのようになったアイスが覆う砂土が浮かんでいた。

われらがバイブル歳時記には「氷菓(ひょうか)」という季語が載っている。このほうが引き締まる感じがするし、俳句らしい。

だけど、この句は「アイス」でないといけないと思った。あのクリーミーさ、溶ける質感、あるいは31アイスのような極彩色のポップな色味。

読者にそれを想像してもらうには、「氷」が見えてはいけない。

「アイスが落ちにけり」

あるいは

99.8%の社会人は存在を忘れているであろう「主格の『の』」でつないで、「アイスの落ちにけり」あたりか。

リズムの足らずは、「土に」でちょうど収まりそうだ。


思考と表現の軌跡②

「麒麟棲む土にアイスの落ちにけり」

悪くはない。

俳句の世界では「取り合わせ」といったり「二物衝撃」といったりするけれど、要は、火花が散るように異質なものがぶつかり化学反応が起きているかという基準でみたときに、「麒麟」と「アイス」はほどよくぶつかっている気がした。

ただ、あの瞬間に見上げたキリンの首の長さ、空間の広さが出ていない。ピンポイントのミクロの描写で、視点は地面にある。

「アイス、アイス、アイスクリーム・・・」

「アイスクリーム!」

本来の縦書きにすればなおさら、「アイスクリーム」という文字や響きには「長さ」あるいは「高さ」が感じられる。

あの長い首を見上げ、足元へと動く視線の幅。垂直の落下も見えてきそうだ。

俳句は「五・七・五」の十七音が基本だけど、またがってもいい。「句またがり」という。

真っ白いバニラ味か、はたまた抹茶か。ぼくの場合は、モノトーンの土に落下する「アイスクリーム」は、ややグロテスクな”有色系”が思い浮かぶ。答えはない。それこそ読者に委ねる部分だ。

あとはどう整形してリズムを整えるか。

初案の伝統的な切れ字を捨てて、「アイスクリーム落つ」としてみた。

最後が切れないことで逆に、静寂と時の経過が出る。

これだ!と思った。


子どもが熱望するミニ列車にも乗り、メリーゴーランドにまたがり、最後は頼れるパパ感を漂わせながら駐車場へエスコート。

たしかな手応えと達成感をひそかに抱えながら、精算機に幅寄せし、駐車券を通して帰路についた。

滞在中の合間合間に推敲していたので、着想でジャックされた脳内の会議でその結論に達するまで、トータル3時間くらいで形になった句だったかと思う。

妻が怒るのも無理はない。


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