木犀の路を歩みて父となる


父親歴3年目

いまだに実感がいまひとつ湧かないけれど、「2児の父」。

朝起きると、自分に似ているような似ていないような小さな人間が二人寝ている。

この子たちと、これからまだまだ長い人生を歩んでいくんだな、と思うのです。


陰極まりて。

「あとは、こどもだけ授かったらいいのにな」

新天地で暮らしはじめて約5年。相変わらず不器用で、戸惑うことも少なくない生活だったけれど(今もそう変わらない)仕事も少し軌道にのり、ぜいたくをしなければ暮らせるぐらいにはなってきた。そんなころの、心からの声だった。

そのときの自分から見れば、今はじゅうぶんに満たされている。

なのに実際には、信じられないことだけど、反比例するかのように、自分自身の幸福度は低下してきていた。

「守るもの」が増え、情報も増える。だけど、家庭の変化でどうしてもパフォーマンスは落ちる。以前のように、フルパワーでは働けない。共同経営者である妻の力も借りにくい。

「もっとやらなければいけないことがあるのに、時間がない」「できていない」

だんだんと焦りが募る。言霊の力か、そう思っているとほんとうにそれが加速したり、トラブルを引き寄せてしまったりする。

きっと、限界だったのだと思う。

そばで見ていた妻がいちばんよくわかっているだろうけど、今思えばちょっと危険な水域にあった。


生活の中で実践する「マインドフルネス」

ところが、ある人のアドバイスをきっかけに、視界が開けた。

背負いすぎていたことにはじめて気づけたし、自分がどれだけ他人の目を気にして生きてきたかを痛感した。

その心境は自分にとってあまりに斬新で、当てはまるカテゴリーや概念を探して行き着いたのが「マインドフルネス」。

ジョコビッチの食生活に興味を持ったことから知り、ティクナットハンの本も持っているけど、当時はいまひとつピンとこなかった。

だけど、今はわかる。

「皿を洗うために皿を洗う。」

そう。それだけでいいのに、自分で頭と心を忙しくしているのだ。

瞑想をしなくても、食生活を変えなくても、考え方や心の持ち方は変えられる。

まだ「試運転中」だけど、仕事も生活も良い意味で静かに激変し、2週間ほどキープしている。今回の気づきをあるスタッフに話したら、彼女も近い悩みを抱えていたようで、「目からウロコ」と喜んでくれた。

自分の経験を通して話したり発信したりすることで、もしかしたら、同じように苦しんでいる人の力になれるかもしれない。

こどもたちにも、いつか伝えられたらいいな。(今はそんな悩みも持ちようがないだろうけど)


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