どっちを選ぶ?
※書き下ろし
夜明け。深夜。
明らかにまわりに1台もいないけど、左右どちらかに曲がるときには反射的にウインカーを出す。
でも、そのシチュエーションであれば、よくよく考えると、「他のドライバーに合図をする」という本来の意味はなしてはいない気もします。
「じゃあ、このウインカーは誰に向けて出しているんだろう」
ふとそう思ったことがきっかけで、句の種が生まれました。
思考と表現の軌跡 |「ドンつき」「行き止まり」「川沿いの道」・・・T字路!
実際の現場は、夏には蛍舞う、「犬見川」沿いの農道。
擬木柵に突き当たるところで、左右どちらかのウインカーを出す。
「ドンつきで」と頭に浮かんだけど、さすがに詩になりません。
ちょっとオーバーにも思えたけど、「T字路」に落ち着きました。
ちなみに「犬見川」は、播州犬寺とも呼ばれる法楽寺の伝承で、主君を助けた犬のうち1匹がこのあたりで見つかったことから、「犬見村」「犬見川」という名前がついた、と聞いたことがあります。犬と人、その歴史のつながりを感じる場所です。
懺悔?告白?
この記事を書いていてハッと気づいたのですが、「てぃーじろ」と話すことはあっても、ぼくの生活の中で「T字路」という文字を見ることはほとんどありません。
どこまで引っ張られたのか分からないけど、「T字路s」の字面、そしてそのネーミングにもインスパイアされていないか?と自分で思ったので正直に書きます。そんな生々しいプロセスを晒すブログなんです。
思考と表現の軌跡 |その先が見えない、霧の中で。
朝晩の景色を思い浮かべると、そこには霧が深くたちこめていました。
「霧」だけでも秋の季語ですが、もう少し解像度を上げたい。
例)
源氏物語の連想も出てきそうな「夕霧(ゆうぎり)」。
ミステリアスさと大人の上品さ漂う「夜霧(よぎり)」。
さまざまな派生季語を見渡して、「朝霧」を選択しました。
推敲の過程で「みずからの選択」というテーマが固まってきた中で、その先に物語が待っているであろう、1日のはじまりがふさわしいと思ったからです。
ここで懺悔ついでに言うと、また音楽の話になりますが「朝霧JAM」の影響もあるだろうなぁと・・・。楽しかったもんなぁ、あの頃。
今は、楽しさの種類がまたちょっと違う人生になってるんですけどね。当時の自分は想像できるかしら?

いつも以上に散らかった文章になっていますが、脳内のシナプスがどうつながっているのかを自分で確かめているのと、「どうしてAIが書く文章は、誤字脱字なくすっきりしているのに、”AIっぽい”と感じたり、意味は理解できても心に残らなかったりすることが多いのか?」という疑問を突き詰めているという大義名分のもと、あえてヤスリで整えきらずにアウトプットしている感覚です。
かつてのような盤石のレールは綻び、”最大公約数”ではもはや幸せに生きていけない時代。
放り出された静かなハードモードで、一人ひとりが自分と対話しながら「こっちにしよっかな」とウインカーを出して、進む。
コロナ以降、そんな世界になってきている気がします。
それをできるだけ面白がって、不安よりも可能性にフォーカスする。
こどもたちといっしょに、霧の先に続く旅を楽しみたいと思います。
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朝霧のT字路に出すウインカー
あさぎりの Tじろにだす ウインカー
季語:朝霧(秋)
