すっかり秋。
どうしてもセンチメンタルな気持ちになるけど、センチメンタルなおじさんって嫌だな。
いつの間にか歳をとる。
前進しているのか。
成長しているのか。
成熟しているのか。
グラスを傾けながらぼんやりと。
夜の魔物。
東京にいた頃は、夜の街の香りが好きでした。
ひとりごはんは苦手。
基本的には人と行くけど、ときには勇気を出して近所のバーに繰り出すことも。
だけど、続かない。
隅の席で、マスターと話すでもなく氷を鳴らす常連らしき人を見て、ちょっとかっこいいなと思いつつ、自分がそうなることは想像できませんでした。
ひとりでいるけど、視線がある。
話せる距離に人がいるけど、話さない。
考えれば、不思議な場所だと今も思います。

棚にはテキーラの瓶を置いていて、ときどき音楽を聴きながら飲むことも。
誰の目があるわけでもなく、誰と話すわけでもなく。
ぼーっとしているのに、とめどなく思考やことばが走り出すこともあって、やっぱりこの時間はこの時間で面白い。
基本的には朝型(子供を寝かしつけてそのまま寝て、早朝から活動)を目指しているのですが、ときどき誘惑に負ける私です。
思考と表現の軌跡 |鹿の声は聴こえるか?単なる”都会の景色”ではなく。
「恋に破れた女性がひとりバーカウンターで涙を流す」。
先日のキングオブコント決勝で蛙亭が舞台に設定していて、つまりは”典型”。
人々が想像しやすいからこそ、お笑いの基本題材にもなっているのだと思います。
表題句の発想は、この季節おなじみの、山から響く鹿の鳴き声から。
ちょうど、仕事がひと段落してひとりで飲んでいるときだったこともあり、ぱっと「バーの隅で、手持ち無沙汰に足を揺らす女性」の孤独を想いました。
鹿の声は田舎特有のものかとも思いつつ、今の時代、山の生き物はもはや身近な存在。郊外のまちなら、実際に聞こえることもあるかもしれません。
ただそのリアリティというよりは、この取り合わせの衝突。
仮に「秋灯や足揺らしたるバーの隅」としてみると、まとまっているんだけど「お洒落でちょっと寂しいバーの風景」という、ちょっとありきたりな雰囲気に収まってしまう気もします。
切り裂かれるような、あの叫びでないと成立しない気がしました。
鹿という大きな季題。
中でも哀愁漂う「鹿の声」は、「鹿笛」「鹿の音」「妻恋鹿」など傍題のバリエーションが多く、古来より日本人の琴線を震わせるものであったことが伝わってきます。
今回の句では、距離感や空間的な広がりも出せればと「遠鹿(とおじか)」を選びました。
カランと氷を鳴らしながらバーカウンターで足を揺らす女性と、遠くから聞こえてくる鹿の鳴き声。
みなさんの脳内にはどんな音が響いているでしょうか。
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遠鹿や足揺らしたるバーの隅
とおじかや あしゆらしたる バーのすみ
季語:遠鹿(秋)
